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名古屋高等裁判所 昭和56年(ネ)473号 判決 1983年9月28日

控訴人

岩田太郎

右訴訟代理人

祖父江英之

被控訴人

鈴木錠吉

被控訴人

株式会社金城製菓

右代表者

鈴木錠吉

右両名訴訟代理人

野呂汎

主文

本件訴訟をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が現在本件土地を所有していること、本件土地上に被控訴人鈴木が本件二建物を、被控訴会社が本件三建物をそれぞれ所有して、本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によると、本件土地はもと控訴人所有にかかる名古屋市中区春日町一五番の二、宅地279.73平方メートル、及び同所一五番の五、宅地18.31平方メートル(以下従前地という)の一部であるが、控訴人は右従前地をほぼ二分して、その南側部分を株式会社住興に、また北側部分を昭和二三年九月七日被控訴人鈴木にいずれも建物所有を目的として賃貸したこと、控訴人は昭和三一年一二月六日右訴外会社に対しその賃貸土地を売却したが、当時この付近一帯は名古屋市復興都市計画により土地区画整理事業が進行中で、分筆登記をすることができなかつたので、やむを得ず従前地の共有持分九〇一六分の四八八五を訴外会社に移転する旨の登記を経由したこと、しかしその際、控訴人と訴外会社との間では、従前地に対する仮換地である中六工区二一Bブロック一二番一、宅地230.61平方メートルに関する使用収益権につき訴外会社の占有部分を右賃貸部分に限定する旨の合意がなされたこと、その後昭和四三年七月三日になつて被控訴人鈴木外二名は右訴外会社よりその従前地に対する共有持分権の譲渡を受け、かつ、右占用部分に関する使用収益権の譲渡も受けたこと、従前地は昭和四九年五月換地処分により、名古屋市中区上前津一丁目一四〇七番、宅地230.94平方メートルとなつたので、控訴人はその共有持分九〇一六〇分の四一三一〇に相当する土地を分筆して自己の占用使用収益部分と合致させ、これが本件土地となつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実から判断すると、本件二、三建物が存在する本件土地に相当する土地の使用収益権は、土地区画整理事業が進行中も、また換地処分後分筆登記前においても、専ら控訴人に帰属していたものであつて、共有持分権を有していた前記訴外会社や被控訴人鈴木外二名が右使用収益権の準共有者であつたということはできず、被控訴人鈴木は控訴人の有する右使用収益権を賃借していたにすぎないというべきである。

二前示のとおり、被控訴人鈴木は控訴人から分筆登記前は本件土地に相当する土地の使用収益権を、また分筆登記後は本件土地を賃借しているものであるが、右賃貸借の賃料が持参払いとされていたこと、及び賃料の支払いを怠つたときは催告を要することなく契約を解除することができる旨の特約が存したことは当事者間に争いがなく、控訴人が昭和五四年一月八日到達の内容証明郵便をもつて被控訴人鈴木に対し賃料不払いを理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、被控訴人らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

そして、<証拠>によると、本件賃貸借の賃料は当初一か月ごと毎月末翌月分前払いの約定であつたが、昭和二三年一一月分以降は六か月分まとめての後払いとなり、遅くとも昭和二九年以降はその支払時期が毎年六月と一二月に変更されていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三そこで、控訴人がなした前記解除の意思表示が有効であるかどうかについて判断をする。

1  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  控訴人は昭和四三年被控訴人ら両名に対し被控訴人鈴木が増額請求後の賃料を支払わないことを原因とする本件賃貸借契約の解除、及び予備的に二〇年の期間満了に伴う正当事由の存する更新拒絶による本件賃貸借の終了を理由に、本件二、三建物を収去の上本件土地の明渡しを求める訴訟を提起したが、右訴訟は、解除の点については被控訴人鈴木に賃料不払いがなかつたこと、また期間満了の点については正当事由が存しないことを理由に、昭和四七年一〇月一七日控訴人敗訴の判決が確定したことにより終了した。

(二)  被控訴人鈴木は右訴訟係属中より月額六〇〇〇円の割合による賃料を毎年六月と一二月に供託していたところ、控訴人は昭和四七年一二月四日到達の内容証明郵便をもつて被控訴人鈴木に対し本件賃貸借の賃料を一か月3.3平方メートル当たり金八〇〇円に増額する旨の意思表示をし、次いで昭和四九年七月三一日付その頃到達の内容証明郵便をもつて被控訴人鈴木に対し「貴殿は賃料増額に応じず、従前どおり供託を続けているが、賃料額について協議が調わない間は貴殿が相当と認める地代を受領するので、昭和四九年八月五日までに相当と認める地代を支払つてもらいたい」という内容の催告をした。

(三)  被控訴人鈴木は右催告を受けたものの、昭和四九年六月分までの賃料はすでに供託ずみであり、それ以後の賃料については控訴人の指定する日には未だ支払期限が到達していないと考えたので、控訴人の右催告には応じなかつた。そして、被控訴人鈴木は同年一二月三一日長男敏男の妻鈴木喜代子を代理人として控訴人宅に同年七月分から同年一二月分までの賃料金五万四〇〇〇円の支払いに赴かせたところ、控訴人は内金として受け取るといつてこれを受領した。

(四)  そこで、被控訴人鈴木はそれ以後の賃料につき同人が相当と認める賃料(昭和五〇年一月分から昭和五一年一二月分までは月額九〇〇〇円、昭和五二年一月分から同年一二月分までは月額一万円、昭和五三年一月分から同年一二月分までは月額一万〇五〇〇円)の供託を続けていたところ、控訴人は昭和五四年一月八日到達の内容証明郵便をもつて被控訴人鈴木に対し昭和五〇年一月分から昭和五三年一二月分までの賃料を支払わないことを理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 ところで、借地法一二条二項によると、賃貸人より賃料増額の請求を受けた場合に、当事者間に増額すべき賃料額について協議が調わない場合には賃借人はその増額の当否及び増加額について裁判が確定するまでは相当と認める賃料の支払義務を負うだけであつて、右にいう相当と認める賃料とは、同条三項との対比上従前の賃料を下まわるものであつてはならないが、必ずしも客観的に相当な賃料であることを要せず、賃借人が主観的に相当と認める賃料であれば足りるものと解せられる。

そこで、前記認定事実に基づいて判断すると、被控訴人鈴木は前訴の係属中より本件賃料の供託を継続していたのに対し、昭和四七年一二月四日控訴人より賃料増額の請求を受けたが、右増額請求を不当と考え従前の賃料を供託していたところ、昭和四九年七月三一日に至つて相当と認める賃料を同年八月五日までに支払つてもらいたい旨の催告を受けたので、同年七月分から同年一二月分までの賃料として金五万四〇〇〇円を同年一二月三一日控訴人宅において現実に提供したというのであつて、賃料の支払時期が当初の約定から変更されたことは前記二において認定したとおりであるから、被控訴人鈴木の右賃料の提供は債務の本旨に従つたものということができる。

これに対し控訴人は右賃料を内金として受領したというのであるが、右賃料は債務の本旨に従つた弁済であつて、内金の支払いではないのであるから、これを内金としてのみ受領するという控訴人の態度は結局右期間の賃料全額の支払いとしてはこれの受領を拒絶するとの意思表示を明確にしたものという外ない。

そうすると、控訴人はそれ以後の賃料支払いについても、被控訴人鈴木が提供する金額では賃料全額として受領する意思を有しなかつたものと推認されるから、被控訴人鈴木は提供を要せずして直ちに供託することができ、この供託によつて賃料の支払債務は消滅したものというべきである。

したがつて、昭和五〇年一月分から昭和五三年一二月分までの賃料の不払いを理由とする控訴人の本件賃貸借契約解除の意思表示はその効力が生じないものといわなければならない。

四次に、被控訴会社の本件土地の使用権限について検討する。

被控訴人鈴木が本件賃借権を有し、これに基づいて本件土地に相当する土地上に本件二、三建物を建築所有して同所に居住しつつ製菓業を営んでいたところ、昭和二八年三月右営業を株式会社組織で営むため被控訴会社を設立し、昭和三三年頃本件三建物を被控訴会社に譲渡したこと、及び本件土地に相当する土地の利用方法は本件三建物の譲渡の前後を通じて変更がなく、また右製菓業の経営実態も被控訴会社設立の前後を通じて変化がなかつたことについては、控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。そして、<証拠>によれば、控訴人は前訴においても、また本件訴訟においても、被控訴人鈴木の外に被控訴会社も被告にしているが、転貸を理由に本件賃貸借を解除するという主張を、右のいずれの訴訟においてもしていないことが認められる。

右認定事実によると、被控訴会社は被控訴人鈴木から本件三建物の譲渡を受けた際、その敷地に相当する土地の使用収益権を転借したものということができ、しかも控訴人は被控訴会社の右転貸借を黙示的に承諾していたものというべきである。

そうすると、被控訴会社は右転借権に基づき本件土地を占有しうることが明らかである。

五以上の次第で、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はすべて失当としてこれを棄却すべきであり、右と結論を同じくする原判決は結局相当である。

よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(山田義光 井上孝一 喜多村治雄)

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